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between anthropology, primatology and management of technology

書評: 伊藤計劃トリビュート

今日の記事では、伊藤計劃氏が追及していたテーマでもある「テクノロジーが人間をどう変えていくか」という問いに対する8作品を集めた「伊藤計劃氏トリビュート」を紹介。アンソロジーでありながら700ページ以上もあり、かなり読み応えのある一冊だった。伊藤計劃ファンではない私が楽しめたので、伊藤氏のファンならなお楽しめると思う(ちなみに伊藤氏の作品については、「ハーモニー」は好きだったが「虐殺機関」は"なんだか読みづらい本"、ぐらいの印象で終わってしまったので、時間ができたらもう一度読み返したい)。以下、8作品の中でも特に気に入った3作品を紹介。

吉紙亮「未明の晩餐」

死刑執行前の死刑囚に最後の晩餐を振る舞う料理人のカレンと、彼女が出会った2人の子供-シズクとジンクロウを主人公とする物語。作中には味を疑似体験するための"似食(ニューロ・ガスト)"という技術が登場する。視覚や聴覚に関する技術はSF中でよく見るが、味覚と言うのはなかなか珍しいなと思った。技術や作中に込められたメッセージというよりは、登場人物の描き方が良かった。

(追記:味ではなく食感だが、「食感を数値化、食品開発に活用 神戸大や阪大 :日本経済新聞」なんて技術もあるらしい。。)

王城夕紀「ノット・ワンダフル・ワールズ」

個人的には8作品の中で一番好きだった。選択肢が増えすぎたが故に何が最適解かわからず、最終的に選択不能な状態に陥る精神病「選択不能症候群」が蔓延する社会。人類は「あらゆるデータを基にして、推奨される選択肢を提示」してくれる"eニューロ"を装着して生活するようになっていた。eニューロを開発したLel社の広報局に勤めるケンが、同社の創業者からある日「私は殺される」というメッセージを受け取り、社内を調べていくうちに知ってはいけない事実に触れてしまう…というのがストーリーの概要。

アニメ「PSYCHO-PASS」でもeニューロに似たシステムが出てきたが、今後我々の世界も、データ収集とリコメンデーション機能の組合せにより、個々人に最適化された選択肢が提供される世界になっていく気がしている。

Lel社が開発したもう一つの技術である"eシティ(エボリューショナル・シティ)"も、本作の中で特徴的な概念である。「環境も可変に、柔軟に、もっと流動的に」というコンセプトの基、自律ピクセルプリンタにより、自動的に都市が作られる、という設定は、建築で言う「メタボリズム」の概念そのものが実現された世界だと感じた。

普通のSFであれば、"eニューロ"と"eシティ"によって「全人類の調和」を目指す事が人類にとっての"進化"であり理想郷である、という結論に落ち着くのだろうが、この物語では、全人類にとっての理想郷などは存在せず、Lel社のもう一人の創業者であるエレ・ノイが「ひとり勝ち」する事こそが”進化”なのだと語られる。彼にとっては、「生命とは余剰≒調和から離れた存在」であり、「調和から離れる事が進化」であるから、他の人類を調和に近づける事により、彼がひとり勝ちする…というシナリオが描かれる(最後にもう一回ぐらい"転"があるのだが、これ以上書くとネタバレになるので書けない)。

感想を書いてみて気が付いたが、ストーリーのオチ自体はそんなに好きでもない気がしてきた。"選択の最適化"を描いたストーリーに、私が今生きている世界との親和性を感じるから、こういう類の話が好きなのかもしれない。

長谷敏司「怠惰の大罪」

実はこの本を手に取ったきっかけは、「伊藤計劃トリビュート」読書会の模様 - 誰が得するんだよこの書評の中で、長谷氏の短編が絶賛されていたからである。キューバの麻薬売人を主人公とした物語であり、暴力系の描写が多いため読んでいると少し疲れるが、キューバにおける麻薬抗争に社会実験としてAIが持ち込まれる、という設定は、妙にリアリティがあってどきっとさせられた。


 

最後に話が脱線するのだけど、SFには1) 単純にストーリーが面白いSF、2) 作者の社会に対するメッセージが込められたSF、の2種類がある事に今更気が付いた(SFに限らないが)。具体例を挙げると、1は「夏への扉」や「火星の人」、2は「ニューロマンサー」や「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」などのサイバーパンクものが該当する。私にとっての小説は、何もしたくない(が実際に何もしないのは気がひける)時の娯楽的位置づけだったため、「疲れるから」という理由で2番のSFは忌避していたが、最近は"書評のネタ"としてSFを読むのも悪くないなと思い始めたのであった。。

伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)

伊藤計劃トリビュート (ハヤカワ文庫JA)

 
ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)