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書評: インドで考えたこと & 人間が激務で失うもの

昔から「(読むだけの)読書」を趣味としてきたが、娯楽/暇潰しとして小説・科学書を読むか、実利を求めて経営書を読むかのどちらかで、新書を読む機会はあまり多くなかった事に気が付いた。高校生ぶりに腰を据えて本を読む時間ができたため、言われなくても読んでおくべき岩波新書青版をオススメ順に力の限り紹介する 読書猿Classic: between / beyond readersの中から数冊選んで読んでみる事にした。一冊目は堀田善衛氏の「インドで考えたこと」である。1956年、アジア作家会議に参加するべくインドを訪れた堀田が感じた事が描かれている。

本題からずれるが、今回Amazonマーケットプレイスで本書を購入した所、なんと1957年に出版された第二版が届いた。本の扉にはかつての持ち主によって読了した日付(1958年!)が書かれており、約60年前にこの本を手に取った人がこれを読んで何を思ったかが気になる所である。本を置くスペースの都合上、最近は電子書籍での購入にシフトしつつあるが、たまには紙の本も悪くないな、と思った。以下、本書の中から印象に残った部分を抜粋。

われわれは、永遠といい、歴史というと、すっと一本筋の通ったものをイメージとしてもつ強い傾きがある。(中略)それは私に、たとえば万世一系などということばのもつものが、強い影をおとしているということなのかもしれない。あるいはまた、それは島国に生きて来た民族に特有な心性なのかもしれない。

(あくまで私の感覚だが)東芝SHARP事件に対する人々の反応を見ていると、我々は「現状」が積み重なって未来が構成されていくように思い込む傾向があるのかもしれない。完全なる想像ではあるが、他国は植民地化や革命を経る中で、「異質なものに対する受容性」及び「異質なものを取り込む寛容さ」のようなものを兼ね備えているような気がする。

「われわれの国が、アジアの眼から見た場合、つねにそういう二重性を帯びていたことを、われわれも承知している。それはかなり長い時間にわたった。しかし、現在、この歴史的な習性ともなっている二重性から抜け出さなければならぬと気付き、そのために努力をしている人がたくさんいるということを、私はあなたに告げたい」

日露戦争以降の日本の行動の矛盾性を指摘された際に、堀田が返した言葉である。二重性そのものは日本に限った話でもない気がするが、(欧米のように)二重性を堂々と両立させる能力は、未だ身につけられていない気がする。

(中略)独立は、independenceではなくて、integrityあるいはintegration(統合統一)の方にぐっと重みがかかって来る。

全ての国家に当てはまるわけではないが、「分断された国家にとっての独立は統合を意味する」というのは凄く印象的だった。言われてみればその通りなのだけど、普段日本で生活する分には持ち得ない感覚だった。なお、作中で北ベトナム/南ベトナムから訪れた代表団に関する記述があり、ふと西島大介の「ディエンビエンフー」という漫画を思い出したのでついでに紹介。

眼のまわるような生産と消費をなしうる日本民族のエネルギー。それによって各人がどれだけ内心の仕合せをえているかということを度外視すれば、世界中にならしてみると、きっと世界一であろう。われわれはとびきりもとびきり、最高のとびきりのエネルギーでもって活字を読む。ナンデモ読む。しかし、どうにもそれは一種の教養消費ということになっていはせぬか。

上手く言葉で表現できないのがもどかしいが、この”教養消費"というキーワードは、この本が書かれて60年弱たってもなお、我々の生活の中に漂っている気がする。

以上、インドを通じて見た日本に関する部分の引用ばかりになってしまったが、読み応えのある一冊だった。また、他の本も含めて「日本人的思想」に触れてきたが、日本人と他国の人間の思考プロセス(または生き方/考え方の機軸)の違いを、個人のレベルで感じる事ができるほどに、他国の人間と真剣なやりとりをしていない事に気がついたのも、大きな学びだった。


 

今回紹介する本とは無関係だが、ぼんやりと本を読んでいる際に思う所があったため、表題後半の「人間が激務で失うもの」にもついでに触れておく。

私自身の経験を踏まえて言うと、激務下に置かれた人間は、緩やかに「知的好奇心」を失っていくのかもしれない、と思った。世の中にはニュース然り、日常の些細な事然り、「なんでこうなるんだろう」という疑問が溢れている。しかし激務下に置かれると、(最低限の)人間的生活と生命の維持に精一杯で、日々の疑問は「ノイズ」として脳の奥底へと沈んでいく。下手をすると、外部から情報を取り入れる機会すらも「無駄な時間」として失われていく。私がいる業界は、知的好奇心が特に重要とされる仕事なのにも関わらず、入社後の激務でそれが緩やかに失われていくのは、凄く悲しい状況だと思ったのだった(全ての企業/人間が同じ状況ではないと思うが、同業他社を含めてn=50~60ぐらいを観測した印象)。

今の所は今後もこの業界に居続けるつもりだが、「考える時間」と「知的好奇心」を奪われるのは耐えられないため、なんとかして両立する方法を模索したい。

インドで考えたこと (岩波新書)

インドで考えたこと (岩波新書)

 
ディエンビエンフー 1 (IKKI COMICS)

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